日本クラフトビール史まとめ(1980〜現在)― 地ビールからクラフトビールへ、日本ビール文化の変化【20】

日本のクラフトビールの歴史を時系列でまとめたイメージ

日本のクラフトビール文化はどのように生まれたのか

現在、日本には数多くのクラフトブルワリーが存在し、個性あるビールが造られています。
都市部にはクラフトビール専門のビアバーがあり、全国各地のブルワリーのビールを飲み比べることもできるようになりました。

しかし、このクラフトビール文化は突然生まれたものではありません。

日本のビール文化は長く、大手メーカーを中心に発展してきました。
そこに変化が生まれたのが、1994年の酒税法改正です。

この制度変更をきっかけに、日本では「地ビール」と呼ばれる小規模ブルワリーが誕生しました。
その後、地ビールブーム、市場の調整、クラフトビール文化の再興を経て、現在の多様なビール文化が形成されています。

この記事では、日本のクラフトビール史を次の5つの時代に分けて整理していきます。

  • 地ビール解禁前夜
  • 地ビール解禁と第一次地ビールブーム
  • 地ビールブーム崩壊と淘汰
  • クラフトビール再興
  • 現在のクラフトビール文化

この流れを知ることで、日本のクラフトビール文化の現在地が見えてきます。


① 地ビール解禁前夜(1980〜1994)

1980年代まで、日本のビール市場は大手メーカーが中心でした。

キリン
アサヒ
サッポロ
サントリー

こうした企業が大規模な醸造設備と全国的な流通網を持ち、日本のビール市場を支えていました。

当時、日本でビールを製造するためには、酒税法によって
年間200万リットル以上の生産能力が必要とされていました。

この条件は非常に高く、小規模な醸造所がビールを造ることは制度上ほぼ不可能でした。
そのため、日本のビール市場は大手メーカーによる産業として発展していきました。

しかし1990年代に入ると、日本では規制緩和の議論が広がります。
地方経済の活性化や観光振興の視点から、小規模ビール醸造を認める制度の検討が始まりました。

こうして1994年、日本のビール業界は大きな転換点を迎えることになります。

▶ 地ビール解禁前夜(1980〜1994) ― 日本クラフトビール文化が生まれる前の時代【20-1】


② 地ビール解禁と第一次地ビールブーム

1994年、日本では酒税法が改正されました。

この改正によって、ビール醸造免許に必要な年間生産量は

200万リットル

6万リットル

へと大きく引き下げられました。

さらに、発泡酒の醸造免許では
6千リットルから醸造が可能となり、より小規模な醸造所でもビールに近い飲料を造ることができるようになります。

この制度変更によって、日本各地でブルワリーが誕生しました。

温泉地
観光地
テーマパーク
レストランブルワリー

こうした場所で地域のビールが造られるようになり、「地ビール」という言葉が広く使われるようになります。

1990年代後半、日本ではいわゆる第一次地ビールブームが起こりました。

それまで大手ビールが中心だった日本のビール市場に、新しいプレイヤーが登場した瞬間でした。

▶ 地ビール解禁と第一次地ビールブーム ― 1994年、日本のビールは変わった【20-2】


③ 地ビールブーム崩壊と淘汰

しかし、この地ビールブームは長く続きませんでした。

地ビール施設の多くは観光地に依存したビジネスモデルでした。
また、当時はビール醸造の経験者が少なく、品質のばらつきも問題になりました。

発酵管理
酵母の扱い
品質管理

ビール造りには高度な技術が必要です。
そのため、品質が安定しないブルワリーも少なくありませんでした。

2000年代に入る頃、日本の地ビール市場は調整期を迎えます。
経営が難しくなったブルワリーが閉鎖するなど、淘汰が進みました。

しかし、この時期は単なる衰退ではありませんでした。
生き残ったブルワリーは醸造技術を磨き、日本のビール文化は次の段階へと進む準備を始めていました。

▶ 地ビールブーム崩壊と淘汰 ― 日本クラフトビールが本当の成長を始める前の調整期【20-3】


④ クラフトビール再興(2000年代後半)

2000年代後半、日本のビール文化は再び動き始めます。

海外クラフトビール文化の影響
醸造技術の向上
都市型ビアバーの誕生

こうした要素が重なり、日本ではクラフトビール文化が広がり始めました。

それまでの「地ビール」という言葉に代わり、
クラフトビールという言葉が使われるようになったのもこの頃です。

クラフトビールという言葉には、

小規模醸造
職人的なビール造り
個性ある味わい

といった意味が含まれています。

観光施設のビールではなく、
ビールそのものの品質や個性を重視する文化が広がり始めました。

▶ クラフトビール再興(2000年代後半) ― 日本クラフトビール文化が再び動き始めた時代【20-4】


⑤ 現在のクラフトビール文化

2020年代現在、日本には数多くのブルワリーが存在しています。

都市型ブルワリー
地域密着型ブルワリー
レストラン併設ブルワリー

それぞれが独自のコンセプトを持ち、個性的なビールを造っています。

また、日本のクラフトビール文化は味わいの面でも大きく広がりました。

IPA
ペールエール
ヴァイツェン
スタウト
サワービール

こうした多様なビールスタイルが、日本でも一般的に飲まれるようになっています。

さらに都市部ではクラフトビール専門のビアバーが増え、
ビールを飲み比べながら楽しむ文化も広がりました。

日本のクラフトビールは海外でも評価されるようになり、
国際的なビールコンペティションで受賞するブルワリーも増えています。

クラフトビールは、日本のビール文化の中で確かな存在感を持つようになりました。

▶ 現在のクラフトビール文化 ― 多様化する日本ビール文化の現在地【20-5】


まとめ

日本のクラフトビール文化は、1994年の地ビール解禁から始まりました。

地ビールブーム
市場の調整
クラフトビール文化の再興

こうした歴史を経て、現在の多様なビール文化が形成されています。

現在、日本のビール文化は
大手ビールとクラフトビールが共存する形になっています。

均質な味わいの大手ビール。
個性ある味わいのクラフトビール。

この二つの文化が並行して存在することで、日本のビール文化はより豊かなものになっています。

クラフトビールを知ることは、
日本のビール文化の変化を知ることでもあるのです。

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